おとぎ話法話 2

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『ももたろう』

清風宝樹をふくときは いつつの音声いだしつつ

宮商和して自然なり 清浄薫を礼すべし

(『浄土真宗聖典』浄土和讃 563項)

浄土では清らかな風が美しいの樹々の葉を揺らし、宮・商・角・微・羽の五つの音を奏でている。そこではすべての音がありのままで調和する。このような声が清らかににおう阿弥陀様を礼拝しましょう。

『ももたろう』は五大御伽噺(『ももたろう』『カチカチ山』『さるかに合戦』『舌切り雀』『花咲爺さん』)のひとつとして有名なお話です。桃から生まれた桃太郎が、おじいさん、おばあさんに育てられ、作ってもらったきび団子を携えて、犬・猿・キジをお供に鬼ヶ島へ鬼退治にいく物語ですね。

物語の中で、犬・猿・キジは、桃太郎のきび団子を褒美にもらうために、お供になりました。しかし改めて考えてみると、犬猿の仲とも言われるように当初からチームワークは望めそうにないメンバーです。ではなぜ、桃太郎はこの三匹を仲間にしたのでしょうか。

この件については諸説あるみたいですが、“桃太郎は なぜこの三匹を仲間にしたのか”というタイトルの「JT」の全面広告が、あるとき南日本新聞に掲載されていましたので紹介します。

その広告の中のメッセージには

「桃太郎がなぜ、犬・猿・キジという一見バラバラの三者を仲間にしたのか。そこには、桃太郎の明確な戦略がありそうです。おそらく桃太郎は、チームに多様性を取り入れ、ある種のケミストリーを起こそうとしたのではないでしょうか。最初は合わないこともあったかもしれません。でも心を開き、認め合うことができれば、個性の違いは、お互いを高め合うきっかけになります。違うから、視野が広がる。発見がある。成長できる。強くなれる。これからの多様性の時代に、私たちが学ぶべきことが、そこにはあるような気がします。 ~違うから、人は人を想う~ 」

とありました。

まったくその通りです。

それぞれが自分の持ち味を発揮しながら一致団結し、お互いを認め合う生き方が大切なのです。

そして、この広告を見て、私が思ったのが今回のご和讃の「宮商和して自然なり」の部分です。

このご和讃で親鸞聖人は、『仏説無量寿経』から「宮商自然に相和す」ということばをそのまま引いておられます。

宮商とは雅楽の音階(宮・商・角・微・羽)のことで、宮と商の二音だけを取り出すと不協和音になります。

私は、このご和讃でいわれる宮商は雅楽の音階の事だけでなく、私たち自身の事を言われているのではないかと思います。

私たちは、自分が正しいと思って生きています。

そして正しいと思うもの同士の世界は、争いが絶えません。

宮が悪いわけでも、商が悪いのでもないのに、二つが合わさるとぶつかり合ってしまいます。

そんな私たちを悲しく思い、

宮と商が自然に相和する世界を開かなければならない

と誓われた阿弥陀様のみ心がこのご和讃に感じ取れるのはないでしょうか。

そんな仏様の眼差しに気付いたとき、私たちは今までの自分を振り返り、変わっていく事ができるのです。

今回は『ももたろう』を通して阿弥陀様のみ心に出会わせていただきました。

それぞれが自分の持ち味を発揮しながら一致団結し、お互いを認め合っていける。

そんな世の中になるように、仏法がもっと広まっていくことを願っています。

                                   合掌


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